映画産業の未来を変えるAI動画生成技術 – Runway CEOが語るハリウッドとの共存と著作権問題
AI動画生成技術の先駆者であるRunwayのCEO、Cris Valenzuelaが語る映画産業の未来とAI技術の可能性。著作権問題からハリウッドとの関係まで、The Vergeのインタビューから見えてくるAI動画生成の現在と未来を解説します。
はじめに

AIによる画像生成が一般化した現在、次なるフロンティアとして注目を集めているのがAI動画生成技術です。中でも、AI動画生成プラットフォームの先駆者として知られるRunwayは、映画産業に革命をもたらす可能性を秘めています。
The Vergeが公開したRunway CEO Cris Valenzuelaへのインタビューでは、AI動画生成技術の現状、著作権問題、そしてハリウッドとの関係性について深い洞察が語られています。本記事では、このインタビューの内容を解説しながら、AI動画生成技術が映画産業にもたらす変革と課題について考察します。
Runwayの歴史と技術の進化
Runwayは2018年に設立されました。現在のAIブームが本格化する前の時代です。Cris Valenzuelaは、当時はまだ「AI」という言葉よりも「機械学習(machine learning)」という言葉が一般的だったと振り返っています。実際、同社のウェブサイトのURLも「runway.ml」となっています。
「多くのことが変わりました。2018年に会社を設立した当時、AIの分野を広く指す言葉は機械学習でした。」
設立当初、Runwayの技術は非常に限定的なものでした。Valenzuelaによれば、最初に開発したのは256ピクセル幅の抽象的な画像を生成するテキスト生成モデルでした。彼はその出力結果を「マーク・ロスコの絵画のような非常に抽象的なもの」と表現しています。顔や家などを生成しようとしても、色の範囲は近いものの、非常に粗い結果しか得られませんでした。
それが現在では、4K解像度で20秒間の高品質動画を生成できるまでに進化しています。複雑な動きやアクションを含む洗練された映像を作り出すことが可能になりました。Valenzuelaは、当時は動画生成が可能になるとは考えもしなかったと語っています。
この急速な進化を支えたのは、主に3つの要素です。
- 計算能力の向上: より強力なGPUとコンピューティングリソースの利用
- アルゴリズムの改善: より効率的で高品質な結果を生み出すモデルの開発
- データの増加: 学習に使用できる大量の高品質データ
Valenzuelaは「スケールが重要だということが業界として分かってきました。コンピューティングをスケールアップすれば、モデルは本当にうまく機能するのです」と述べています。
AI動画生成技術の現状

Runwayの基本的な仕組みは、多くのAI生成モデルと同様です。参照画像(Runwayの独自モデルで作成したものか、ユーザーがアップロードしたもの)から始め、プロンプト(テキストによる指示)を入力すると、Runwayは完全に形成された動画シーケンスを生成します。
この技術は、広告業界に大きな影響を与える可能性があります。インタビューの中でValenzuelaは、広告クライアントの存在に言及しています。また、Meta(旧Facebook)のCEOであるMark Zuckerbergが広告業界に対して非常に直接的な姿勢を示していることにも触れています。
「Zuckerbergは『あなたは何もする必要がありません。私たちのところに来て、欲しい顧客の数と、あなたの製品についてのアイデアを教えてください。私が動画広告を生成し、フィードに投入します。あとはお金が入ってくるのを見ているだけでいいのです』と言っています。」
実際、IBMの調査によれば、マーケティング担当者の多くがすでにAIツールを使用しており、その利用率は今後さらに高まると予測されています。
著作権問題とAIトレーニングデータ
AI生成技術の急速な発展に伴い、著作権問題が大きな課題として浮上しています。特に、AIモデルのトレーニングに使用されるデータの出所と権利関係が問題視されています。
Runwayも集団訴訟の対象となっており、YouTubeの著作権で保護されたコンテンツを大量にトレーニングデータとして使用したことが明らかになっています。The Vergeの自社YouTubeチャンネルのコンテンツも含まれていたとされています。
インタビューでValenzuelaは、「YouTubeでトレーニングしたのか?」という直接的な質問に対して、明確な回答を避けています。
「私たちは様々な異なるデータセットでトレーニングしており、画像、動画、テキスト、音声のチームがあります。私たちがどのようにモデルをトレーニングしているかは開示していません。それは私たちの研究のユニークな部分だからです。」
さらに追及されると、「再度言いますが、私たちは様々な異なるデータセットを使用してモデルをトレーニングしています。タスクによって異なります。『これでトレーニングしているのか、あれでトレーニングしているのか』という問題ではありません。私たちは様々な企業と契約を結び、パートナーシップを組んでいます。トレーニング方法は非常にユニークで、競争が激しい分野なので、おそらく私たちがどのようにトレーニングしているかを明かすことはないでしょう。」と述べています。
Valenzuelaは、AIモデルをデータベースではなく「カメラ」のような汎用ツールとして考えるべきだと主張しています。
「私は常にRunwayをカメラのように考えています。カメラを使えば何でもできます。どう使うかはあなた次第です。カメラを使って問題を起こすこともできますし、カメラを使って素晴らしい映画を作ることもできます。あなたが選ぶのです。」
また、OpenAIやMetaが直面している著作権訴訟の結果が、AI業界全体に大きな影響を与える可能性についても言及しています。
「OpenAIがニューヨーク・タイムズに対する訴訟で敗訴し、タイムズのコンテンツでのトレーニングが侵害行為と認定された場合、水門が開くでしょう。Metaが出版社に対する訴訟で敗訴した場合も同様です。」
ハリウッドとAIの関係
Runwayの興味深い点は、自らをハリウッドの「破壊者」ではなく「参加者」として位置づけていることです。Valenzuelaは、Runwayを映画製作やその他の芸術表現形式をより多くの人々に届けるためのツールとして捉えており、ハリウッドを破壊する黙示録的な力とは考えていません。
実際、Runwayはすでに多くの大手映画スタジオと協力関係を築いています。公には、LionsgateやAMC Networksとの提携を発表しています。AMCとの発表では、Valenzuelaは「AI動画生成技術を受け入れることは、すべてのエンターテイメント企業にとって『成功か失敗かの分かれ目』となる瞬間だ」と述べています。
このようなハリウッドとの関係構築は、AI技術に対する業界の認識を変える重要な一歩となっています。Valenzuelaは、実際の映画制作者たちがAI技術を受け入れている例を挙げています。
「あるメジャー番組のプロデューサーとの夕食会で、彼は『私はAIに反対だ』と言いました。私が『なぜAIに反対なのですか?』と尋ねると、彼は『AIはこういうことをするからだ』と答えました。私は『いいえ、そうではありません。AIがどう機能するか見せましょう』と言いました。そして実際に見せると、彼は『なるほど、今なら理解できる』と言いました。たった25分で、彼のAIに対する強固な反対意見が変わったのです。」
また、Runwayはニューヨークのリンカーンセンターで映画祭を開催しており、American Cinema EditorsやTribeca Film Festivalとパートナーシップを組んでいます。初年度は300件だった応募が、今年は6,000件に増加したと言います。これは、映画業界におけるAI技術の受容度が高まっていることを示しています。
「映画祭は、実際の制作現場でどのように使われているか、そしてそれがインサイダーだけでなく新しい声にとってもいかに価値があるかを理解する素晴らしい方法です。」
AIが映画産業に与える影響

AIが映画産業に与える影響については、様々な見方があります。特に雇用への影響は大きな懸念事項です。「これは素晴らしい。みんなの生活が少し楽になった。しかし、私たちの半分が仕事を失うことになる」という声もあります。
これに対してValenzuelaは、技術の進化による職業の変化は歴史的に常に起きてきたことだと反論します。
「私は懸念を理解していますが、焦点は仕事よりも人々に当てるべきだと思います。かつてエレベーターのボタンを押す人がいました。それは職業でした。人々が目覚める前に石を投げて起こす仕事もありました。目覚まし時計が発明される前の話です。誰も石を投げる人の仕事を守るべきだとは言いません。目覚まし時計を持ち、石を投げる人には他のことを学ばせるべきです。」
Valenzuelaは、ハリウッドの歴史においても同様の技術革新と抵抗のパターンがあったことを指摘しています。サイレント映画からトーキー(音声付き映画)への移行時には、チャールズ・チャップリンのような大物が「音声は映画製作の本質を殺してしまう」と反対しました。彼らの懸念の一つは「誰が劇場で演奏するオーケストラに支払うのか?」というものでした。
しかし結果的に、この技術革新は映画産業を拡大し、ハンス・ジマーのような映画音楽作曲家という新しい芸術家の産業を生み出しました。Valenzuelaは、AIも同様に新しい表現方法と職業を生み出すと考えています。
「はい、いくつかの仕事は失われるでしょう。私たちの仕事は、それらの人々に新しい技術で新しいことをするトレーニングを提供することです。」
特にVFXアーティストのような実際に映像制作に携わる人々にとって、AIツールは厳しいスケジュールや作業負荷を軽減する助けになると主張しています。
「VFXアーティスト、つまり画面上でピクセルを動かす人々は、週末がありません。プロジェクトに取り組んでいるとき、非常にタイトなスケジュールと非常に小さな予算で週末を取ることはできません。監督が指示を出し、それに従わなければなりません。金曜日になると週末が来ますが、あなたはそれらの編集作業を毎日手作業で行うことになります。もし手作業でやるよりも速く目的地に到達できるツールがあれば、それは非常に価値があります。」
映画産業の未来予測
Valenzuelaは、AI技術によって映画制作がより民主化されると予測しています。現在、映画制作は特定の場所(ハリウッドなど)や人脈、資金力を持つ人々に限られていますが、AI技術によってこの状況が変わる可能性があります。
「私たちは映画の民主化されたバージョンを見ることになるでしょう。誰もが利用できるストーリーテリングのバージョンが生まれ、その基準はアイデアになります。業界で誰を知っているか、いくらのお金を持っているかではなく、あなたが言いたいことがどれだけ良いか、そしてそれをどれだけ上手く言えるかが重要になります。」
この変化は、新しい声や視点を映画産業にもたらす可能性があります。Valenzuelaは「世界最高のストーリーテラーはまだ語られていないかもしれません。彼らはLAで生まれなかっただけかもしれません」と述べています。
AI技術の進化により、10年後の映画産業は現在とは大きく異なる可能性があります。特に、アイデアの質と表現力が、業界のコネクションや予算よりも重要になる世界が訪れるかもしれません。
日本のAIマーケティング・映像制作への示唆
日本の映像制作業界やAIマーケティング分野にとって、Runwayの事例から学ぶべき点は多くあります。
まず、日本の映像制作業界は伝統的な手法と階層的な構造を持つことで知られていますが、AI動画生成技術はこの構造を変革する可能性があります。特に、予算や人材の制約がある中小制作会社や個人クリエイターにとって、AI技術は表現の幅を広げるツールとなるでしょう。
AIマーケティングの観点からは、動画コンテンツの重要性が高まる中、AI動画生成技術は効率的なコンテンツ制作を可能にします。特に、複数のバリエーションを素早く生成してA/Bテストを行うなど、データドリブンなアプローチとの親和性が高いと言えます。
ただし、日本企業が考慮すべき著作権問題も存在します。日本の著作権法は米国とは異なる部分があり、AIトレーニングデータの使用に関する法的解釈も異なる可能性があります。特に、日本では「引用」や「教育目的」の例外規定が限定的であるため、AIモデルのトレーニングに使用するデータの権利処理には慎重な対応が求められます。
人材育成の観点では、Valenzuelaが指摘するように、技術の変化に適応できる柔軟なスキルセットを持つ人材の育成が重要です。特に、AIツールを使いこなしながらも、創造性や芸術性を発揮できる人材が求められるでしょう。
まとめ
Runway CEO Cris Valenzuelaへのインタビューから、AI動画生成技術の現状と未来について多くの示唆を得ることができました。
主要なポイントをまとめると:
- AI動画生成技術は急速に進化しており、わずか数年で抽象的な画像生成から高品質な動画生成へと発展した
- 著作権問題は依然として大きな課題だが、Valenzuelaはモデルを「カメラ」のような汎用ツールとして捉えるべきだと主張している
- Runwayはハリウッドの「破壊者」ではなく「参加者」として位置づけ、大手スタジオとの協力関係を構築している
- AI技術は一部の仕事を代替する可能性があるが、同時に新しい表現方法と職業を生み出す可能性もある
- 将来的に、映画制作はより民主化され、アイデアの質と表現力が重視される世界になるかもしれない
AI技術と人間の創造性は対立するものではなく、共存し補完し合うものだというValenzuelaの視点は、技術の進化に対する建設的なアプローチを示しています。
技術と人間の関係性は常に変化し続けますが、最終的には技術をどのように使うかを決めるのは私たち人間です。AI動画生成技術が映画産業やマーケティングにもたらす変革を、私たちはどのように活用していくのか。その答えを見つけるための対話と実験が、今後ますます重要になっていくでしょう。
参考:The Verge – Runway CEO Cris Valenzuela on AI video, copyright, Hollywood, and the future of film
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